2017.11.03 13:15Epilogue - クリザンテーモと薔薇の花 -- クリザンテーモと薔薇の花 -マッシミリアーノには恋人がいて、ある日突然、倒れたまま目を覚まさないことを聞いていた。教会の入口をくぐると辺りの空気はひんやりと冴えかえり、モザイクで彩られた大きな円形の柱は歩く速度にあわせてゆっくりと僕の視界の中を移動した。彼の恋人は美...
2017.11.02 01:35Chapter 8 - 太陽が消えた日 -- 太陽が消えた日 -街の石畳が濡れる日が多くなり、季節が変わろうとしていた。流星の夜のことは、とうとう学校の友だちには話さなかった。いつものようにロマーナのバールの前を通りかかる。すると、店の中からレジ打ちの青年に呼び止められ一枚のメモを渡された。“ Il mio sole, ...
2017.11.01 09:46Chapter 7 - バブーシカ -- バブーシカ -バブーシカは外国から来た女で、言葉が通じなかったから誰かが〝Babooshka”、つまり名無しと名づけて呼び始めたんだ。まだカエル島に富豪がたくさん出入りしていた頃、芸術家たちを住まわせていたマンションの、その一室で指輪やネックレスを作っていた。どこか...
2017.10.30 10:30Chapter 6 - 伊達男 -- 伊達男 -後頭部を殴られたような衝撃を感じて、飛び起きた僕は小舟の中にいた。狐につままれたような気持ちを抱えながら、明け方、僕は帰途につく。50年に一度の流星の夜から一週間。街は穏やかだった。日陰を求めて小さな路地に入ると、白い石造りの窓からのみで石をたたく音が聞こ...
2017.10.29 03:16Chapter 5 - 落ちてきた男 -- 落ちてきた男 -突然、女の悲鳴を聞いて僕は我に返った。光の矢に気を取られて足を滑らせた女は、2本の腕で屋上の手すりをかろうじて掴んだままテラスの外で宙ぶらりんの体を支えていた。僕は慌てて女に駆け寄るとその腕を掴んだ。顔から血が吹き出そうになるほどの渾身の力を込めて引き上げる。...
2017.10.28 06:13Chapter 4 - 月のかたち -- 月のかたち -女の持ち上げた大きな月をぼんやりと眺めているうちに、僕はおかしなことに気がつく。月の右、少し上のところでふと布切れがはためいたように見えたかと思うとそこに小さな黒点が現れた。それは紙が燃え広がるようにだんだんと大きくなっていき、やがてそれを突き破るように小さな黒...
2017.10.27 07:12Chapter 3 - 空からの贈りもの -ー 空からの贈りもの ー103号室はまるで開放的で、入り口を大きく開けたまま僕を迎えてくれた。明かりが漏れている。声をかけても返事がないので、僕は中に入ってみることにした。しっとりとした古い家の匂いがして、自分の靴の踵(かかと)が床を踏みしめる音がする。こわばんは。入り口を進むと...
2017.10.26 13:33Chapter 2 - メゾンドカメリア -ー メソンドカメリア ーカエル島まで舟を漕いだせいで、汗ばんだ背中のシャツが夜風に触れて涼しい。耳を澄ますと、吸い込まれるような虫の鳴き声や、時折水面に浮かび上がる泡の音が聞こえた。静かな満月が木々の間を見え隠れする。湿った土の匂い。人は住んでいなくても島は生活していた。
2017.10.21 16:17Chapter 1 - 月夜の尋ね人 - ー 月夜の尋ね人 ー夜はいつになく静かで湖上の水は舟の先にやさしくぶつかり月明かりに照らされた水紋はまるでうごめく金竜のように黒いエナメルの水面をゆっくりと光りながら広がっていった。月の円い今夜、僕はひとりで街を抜け出し、行ったこともない場所へ向かって慣れない手つきで舟を漕いでい...
2017.10.20 15:31Prologue - 不思議な手紙 -ー 不思議な手紙 ー大学があと数日で夏休みに入る頃、今年に入って一番の豪雨にみまわれた。あわてて覗いた家の郵便受けに手紙が一通投函されているのを見つけた僕は、インクがにじんで読めなくなった差し出し人の名を気にしながら急いで家に駆け込んだ。封筒は普通の白い紙のもので、なにやらずい分...