Chapter 6 - 伊達男 -
- 伊達男 -
後頭部を殴られたような衝撃を感じて、
飛び起きた僕は小舟の中にいた。
狐につままれたような気持ちを抱えながら、
明け方、僕は帰途につく。
50年に一度の流星の夜から一週間。
街は穏やかだった。
日陰を求めて小さな路地に入ると、
白い石造りの窓からのみで石をたたく音が聞こえる。
それは周囲の建物の壁に反射しながら
僕の汗ばんだ肌に、こめかみに、
心地よく響いた。
いつもと同じ風景のはずなのに、何かが違って見えた。
サンタンブロージョの市場では、いつものように雑貨や日用品が売られ、
マッチ通りの小さな自転車屋では、今日も修理の自転車が持ち込まれている。
僕は、
人気のない教会の扉のうしろや、古本屋の積み上げられた本の影に、
あの女のスカートの裾が少し覗いていたり、
通りのいつもは閉ざされた家の扉が急に動いて、
中から押し開ける左手にあの金の指輪が光っているのを想像した。
不思議なことに、女の顔はまったく思い出すことが出来なかった。
もうこの土地で彼女を見つけることはないと思う。
でもなぜか自分がまだどこかから見られているような気がして落ち着かなくて、
アルノ川に並列して走る通りに宝飾品を飾ったショーウィンドウを見つけては
意味もなく時を過ごした。
夏休みも終わりが近づいたある日、
僕はサンタマリアノベッラの周りを
ゆっくりと散歩したあと
ヴェッキオ橋から真っ直ぐに伸びたロマーナ通りをひとり歩いていた。
喉が渇いたので小さなバール(※)で飲み物を買っていると、
奥にいた客にふと目が留まった。
散歩の途中なのか立ち飲みをしているその男は、僕の死んだ祖父の友人で、
白髪に白い麻のジャケット、サングラスに使い古した金の指輪がオシャレな街の伊達男(だておとこ)だった。
マッシミリアーノ。
通りでごくたまに見かける彼はいつも
もの静かで、言葉数が少ない上に共通の話題もないので
こんなところで会っても挨拶ぐらいしかしない。
手持ち無沙汰な時間ができるのも気が引けたのでそのまま店を出ようとすると、
珍しく向こうから声をかけられた。
“どうした。まるで夢を見てるようじゃないか。”
気づかないうちに何かを患ったような顔をしていたのかもしれない。
友達がみんなバカンスで街を出てしまっていたせいもある。
僕はこの数週間、誰にも話せなかったあの日の出来事をこの老紳士に打ち明けた。
彼は驚いた風もなく、熱心に僕の話を最後まで聞くと
『Babooshka(バブーシカ)だ。』
そう言って何かを思い出したような顔をした。
僕らはバールを出るとロマーナ通りの木陰をゆっくりとした足取りで歩き出した。
(※)バール … イタリアで、食堂とバーが一緒になった、立ち飲みのできる軽食喫茶店。
A thousand spells
Pinky ring
K10 yellow gold
Black star saphire
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